Cox Mazeの歴史

  • 本記事のコメンテーター:今井 克彦 先生 先生
  • 国立病院機構 呉医療センター・中国がんセンター
  • 心臓血管外科
2021.6.24

contents: MAZE, 歴史, 

 

 心房細動に対する非侵襲的介入の歴史は古く,ヒトへの外科手術としては1967年に房室ブロック作成術(±ペースメーカー植込み)が初めて報告され,その後1980年代には左房隔離術 (1980; Wiliams, Cox, et al)Corridor Operation (1985; Giraudon et al) などが報告された.これらの術式は,心房と心室の伝導に着目した方法であり,心室リズムの規則性はある程度保証されたが,心房そのものの細動状態は維持されるため心房収縮機能の改善や血栓形成による脳梗塞を回避することが理論的にも難しかった.

 これらと並行して,心房細動の電気生理学的解明が実験により行われてきた.古くは1960年代から動物による心房細動モデル作成が行われ,当時としては画期的であったコンピューターシミュレーションによるmultiple wavelet hypothesisの提唱などが行われてきた(1962; Moe, et.al).その後動物実験によるアセチルコチン誘発心房細動のマッピングで同時多発リエントリーが確認されるに至った(1985; Allessie, et.al)が,James L Cox 教授のチームでもワシントン大学(米国セントルイス)で心房細動の電気生理学的探求が長く行われ,同様に多くのマクロリエントリーが同時に存在していることをヒトの心臓マッピングにより見いだした.

 

 心房細動の維持機序は完全に明らかとはなっていないものの,これらのマクロリエントリ-を消失させることが出来れば心房細動は維持されなくなる可能性が高いと考えられたため,Cox教授らはこれらを消失させる術式の構想に取り組んだ.リエントリー回路は安定した回路ではなく,回転半径や中心が絶えず変化していることがマッピングによって示されていたため,一つ一つのリエントリ-を個々に切断することは不可能と考え,また,これらリエントリーはある程度の平面的広さがなければ維持されないとの理論背景から,心房全体が電気的に隔離されたある程度以下の面積を持つ集団となるように切開して縫合するという術式を考案し,さらに洞結節から房室結節までの経路は保証するデザインとし,maze手術が完成した.心房内の刺激伝導の道筋はまさに迷路であり,またシンプルな術式名ゆえに他者に伝わりやすいネーミングとなった.

 16頭の犬による動物実験でその効果や影響を確認した上で19879月に臨床例で初めてMaze手術を施行し成功,その後の計7例の成功結果をもとに1991年に電気生理学的研究結果も含めた4編の論文でJTCVS誌上に発表された.当初Cox教授はMaze手術で心房細動は完全に治らなくても、使用薬剤の数を一種類でも減らせられればよいという考えで始めたとされているが,実際には多くの症例心房細動が消失し,抗不整脈剤も不要となることがわかり,自らその効果に驚嘆したとのことであった.

 

 その後199111月までに計32例に対してMaze手術を施行したが,心房細動は消失しても術後にペースメーカーを必要とする症例が極めて多く,その原因として切開線により洞結節動脈を切断するためと考えられたため,切開線デザインの変更を検討し,Maze IIを経て19924月からMaze III手術が行われることとなった.以降このコンセプトにおける心房細動手術においての電気的隔離線の基本となり現在(2021年)に至っている.

 Cox教授自身のMaze手術の成績は13年間306例の症例が1999年に発表されているが.手術死亡が3.3%265例の長期follow-up(平均3.7±2.9)100%(!)で洞調律が維持され,そのうちの95%で抗不整脈剤も不要であり,また術後遠隔期の脳梗塞発症は1(0.3%)のみという素晴らしい結果である.

 

 オリジナルのMaze手術は切開・縫合操作を多く含むため,心停止時間の延長,術後の出血性合併症など,外科医にとっては避けたい合併症がついて回るため,当初一般の心臓外科医にはすぐには広まらなかった.これらの欠点を克服すべく,切開・縫合にかわる手段(主にエネルギーデバイスを用いた隔離線の作成)が特に本邦で盛んに考案,施行された.以後の変法に関しては他項に譲るが,原則として上述した’Maze Concept’に準ずる電気的隔離線を持つ術式のみが,本来の「メイズ変法」と言える.

 

 

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今井 克彦 先生

 

ご職歴

1991年  広島大学医学部医学科 卒業

1992年 倉敷中央病院などで心臓血管外科を研修

1997年 広島大学大学院医学系研究科博士課程外科系専攻 入学

2001年 同上修了 学位(博士)取得

2002年 広島大学医学部附属病院採用(文部教官助手)

2003年 広島大学病院心臓血管外科(病院名改称)助手(病棟医長併任)

2009年 広島大学病院 心臓血管外科 診療准教授

2010年 広島大学 講師併任

2017年4月~  現職

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01ATC116-01